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2007.01.23

すぐおいしい、すごくおいしい♪

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すぐおいしい、すごくおいしい~♪
昨日の萬珍楼から、一気に話を地べたに戻します。

1958年、僕が生まれた翌年にチキンラーメンが発売された。
小学校低学年のとき、我が古里北海道でもインスタントラーメンが出回り、僕が初めて口にしたのはメーカーは定かじゃないが、袋に熊ちゃんのキャラが描かれた“ベアーラーメン”という熱湯を注ぐタイプの即席麺だったと思う。多分、ベアーというからには北海道限定だったのかも知れない。
まもなく、流通上の都合からか我が地方では“マルちゃん”が主流になり、土曜のお昼といえばマルちゃんの“ダブルラーメン”かジャガイモのふかしたのが定番だった。
結局、そんな経緯で僕は当時“すぐおいしい、すごくおいしい~♪”は経験していない。

やがて、高校一年1974年に上野でモナリザ展があり、僕は学校を休んで親戚を頼って上京した。
そのとき、銀座の歩行者天国でいわゆるニューファミリーといわれた長髪ベルボトムのお父さん、サロペットのお母さんとその子供等がカップ・ヌードルを路上で歩きながら食べていた。キャンペーンだったらしいと後で知ったが、僕はかなり驚いた記憶がある。以来、僕はカップヌードルもカップワンタンもかなり食べた。上京し、独り暮らしではチキンラーメンのお世話にもなった。

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チキンラーメン、カップヌードルの開発者、安藤百福(あんどう ももふく)さんが、正月5日に死去されました。

安藤さんが自宅の敷地内に作業小屋を建ててチキンラーメンを開発したのは、戦後文部省が学校給食にパンを導入したことに憤り、日本人が慣れ親しんだ麺に手軽に親しんでほしいと奮起したことからだそうだ。
そのチキンラーメンが世界に普及し、NYのビジネスマンがオフィスで、紙コップに砕いたチキンラーメンとお湯を注いで食べてるのを目撃して、カップヌードル開発が閃いたのだそうだ。
5日の夕刊で安藤さんの急逝を知ったとき、色々な感慨があった。
安藤さんは心から麺を愛していた方で、僕は1988年初版の『麺ロードを行く』安藤百福編/講談社という本を持っている。これは安藤さんが団長となり、カメラマン含め総勢13名の取材班が中国全土の麺を食べ歩く旅をまとめたもので、麺のルーツや本場中国の多彩な麺料理が紹介されていて、今でも僕の貴重な資料なのである。

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僕がらーめん作りを始めたきっかけは、勿論美味いらーめんを自分で作りたいという理由からだが、冒頭にも書いたが、実は大のインスタントラーメン好きであり、添加物の問題から息子には食べさせられないと判断したからでもある。
だから、息子が生まれてからというものインスタントラーメンを口にしていない。
安藤さんは、亡くなる直前まで毎日欠かさず昼食にチキンラーメンを食べていたそうである。
で、この記事を書くにあたりチキンラーメンとカップヌードルをスーパーに買いに行った。以前買ったのが一体何時頃かも憶えていないほど。その行為に家内と息子が驚いていたが、僕はもっと驚いた。
今のチキンラーメンとカップヌードルは無添加なんですね。びっくり!

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いつからなのだろう? ビタミンなども豊富に入っているではないか?!
息子は家内の実家で、たまにインスタント焼ソバを食べるらしいし、北海道に行ったときも相変わらずインスタントラーメンを食べている爺ちゃんに食わされたことを告白している。だが、我家では一切食べたことがない。
生まれて初めて、チキンラーメンとカップヌードルを食べた息子の感想は……。
勿論、すごく美味しい! を連発していた。
いくらお父さんのらーめんが美味しかろうと、こればかりはしかたがない。
僕だって、そうだったのだから。

【チキンラーメン】やかんに昆布を入れて沸騰した湯(昆布出汁)をそそいで、たっぷりの黒胡椒を乗せると、すごく美味しいよ♪
余った昆布出汁は湯のみで塩を振って飲めば天然昆布茶になるよ♪

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【カップヌードル】鶏ガラスープとネギ、たっぷりの白胡椒をのせると、すごく美味しいよ♪
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カップヌードルは今や80カ国で消費され、関連商品も含め発売以来累計200億食が製造、消費されているという。各国のモニター調査から万人受けするフレイバーを開発するそうで、間違いなく20世紀の大発明である。
昔、ジャマイカに旅したとき、僕としては珍しく現地の食事に馴染めず、スーパーで多彩なカップヌードルを見つけ、醤油フレイバーを発見したとき、真からホッとしたものだ。

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さすがにそういう極限状況下以外では、すごく美味しいとは思えなくなってしまったが、改めて、故安藤百福さんの偉大なる功績に敬意を表し、ご冥福をお祈り申し上げます。


※安藤百福(1910年3月5日~2007年1月5日)台湾生まれ。
戦後中華民国国籍を選択したが、後に帰化した。
立命館大学専門部経済学科修了。在学中よりメリヤス関係の会社を設立し、その後、機械部品、幻灯機の製造等多くの事業を起こした。戦後、塩、栄養食品の製造・販売、百貨店経営等手がけ、1958年にチキンラーメンを開発・発売。1971年カップヌードル開発・発売。






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