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2007.08.31

給食は不味かった……。

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家内が持たせてくれるお弁当がなくとも、どうも“お弁当”に固執してしまう。

昼どきに、定食屋やラーメン屋、蕎麦屋などなど、ランチの選択肢がいくらあっても、何故かお弁当屋に向かってしまうのだ。

ランチ難民になりたくないとか、出かけて食べるのが面倒だとか、愛妻弁当がないとか関係なく僕にはお弁当なのだ。

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僕が小・中学生の頃は、給食だった。
小6の息子の小学校の給食は、すこぶる美味しいそうだ。
しかし僕のときは、とにかく不味かった。
不味いくせに残さず食べることを強いられた。
不味いと思いながら完食する行為は、暴力と一緒だ。

家庭内での親の好き嫌いが子供に影響する場合を覗き、学校給食が美味しければ、子供の好き嫌いも減少するはずである。

どうも僕が、お弁当に過分な魅力を覚えるのは、そんな不味い学校給食のせいなのではないだろうか。事実、運動会の母のお弁当が嬉しくてたまらなかったもの。

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そもそも、平安時代にお握りや干し飯を携帯したのが、お弁当の起源だとされる。
もともとは質素なものだったのだ。
これが、安土桃山時代になると漆器の弁当箱を使うようになり、花見や茶会に用いられることになった。

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さらに天下太平の江戸時代には文化レベルも向上し、能・歌舞伎の観覧で幕間に特製の弁当を食べるようになり、幕の内弁当が生まれた。

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明治時代になると、鉄道のインフラが整い駅弁が生まれる。

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昭和に入り、アルミニウムをアルマイト加工した弁当箱が登場。当時小学校の冬期の暖房対策にストーブを使用していたことから、ストーブの上で直接保温・加熱できるアルマイトの弁当が一気に普及した。

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第二次世界大戦後、当時の児童たちの栄養失調に危惧した米国の要請により、学校給食制度がはじまり、パン食が導入された。しかし、一見粋な計らいにみえるこの制度は小麦輸出という思惑から、国内米の自給率を低下させ日本を輸入国家へ変貌されるという米国の商戦略の何者でもない。

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よって、僕は不味い給食を強いられたわけである。
だから、そのトラウマから逃れられない僕は、市販だろうと家内のものだろうと、いまだに“お弁当”という響きに憧れを抱くのである……。

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【折詰料理弁当(白)】
うるち米、奈良漬け、はじかみ、玉子、鰆照焼、豆きんとん、蒲鉾、紋甲イカ、うま煮(里芋、筍、牛蒡、つと麩、椎茸)、天豆、揚げボール、チーズフード。






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